妻が長女を身籠っていた時の話です。妻は私に「子供が産まれたからと言って、それを根拠に太らないって約束したわよね・・・」と私に告げてきた。確かにその頃の私は付き合いでお酒や脂っこい料理を沢山食べていたので結婚前に比べ大分太ってしまった。そんな妻は「何よ、このお腹。今の私と同じじゃない」と私の腹を摘まんでは叩く。元々は子供が産まれてからの約束(軽い冗談で言ったつもりです)は私から妻へ向けての約束であった。
私は近所の角田山に仕方がなくウォーキングを兼ねて登山する事がきっかけでした。開始10分程で鈍った体は痛みが走り、呼吸が荒くなり、この時は秋と冬の間だったのに汗が溢れてくる。途中の休憩所で私は座り込み、呼吸を整える。すると「こんにちわ」と老夫婦が目の前を通り過ぎる。私は呼吸を整えながら「こん・・・にちわ」と返事を返す。その後、私は取りあえず頂上には向かおうと休み休み向かった。また途中で先程の老夫婦が「こんにちわ」と挨拶をする。私も再度「こんにちわ」と返す。すると女性が「お兄さん。水持ってないの?」と私を見て心配そうに声を掛けてきた。私は当初の考えで「きつくなったら直ぐに引き返そう」と軽い気持ちで角田山に登山して、いざ着いて登り始めると諦めが付かずに頂上付近まで来ていた。その為、現金や水なんて持ってきてもいないし、汗拭くタオルすら持ってこなかった。
男性はリュックから口を開けていないミネラルウォーターを私に渡す。私は老夫婦のご厚意を始めは断るが、喉が渇いていたのは確かで男性の2回目の言葉に甘える事にした。老夫婦はそのまま下山して行き、私は貰ったミネラルウォーターを片手に頂上を目指した。頂上を上り詰めた達成感、そして一面に広がる絶景。私はこうして角田山が好きになった。
こうして私は週3位のペースで角田山に出向きウォーキングが日課になった。ちゃんと水筒やタオルは持参して登りました。すると再度老夫婦に出会い、私は以前のお礼を改めてした。老夫婦もこの辺に住んでいるようで、健康の為に夫婦で角田山を登る事が多いそうです。季節によって見るモノが変わりゆく自然が観ていて飽きないと女性が言う。
それからも、ちょくちょく角田山に向かうと老夫婦と挨拶を交わし野花や動物やらの話をするようになったが、長女が産まれて仕事も忙しくなり中々角田山に行く事が出来なってしまった。暫く経ち私は再度妻に腹を摘ままれ叩かれて思い出したように角田山に向かう。登山ダイエットを再開しましたがちょくちょく会っていた老夫婦と出会う事がなかった。
そして時は流れて次男が産まれ、私は休日に家でくつろいでいると腹を摘ままれ叩かれて再度思い出したかのように角田山に向かう。その登山中に私は若い男性に手を引かれながら歩く老人を見かけた。『あの時の老夫婦の男性だ』私はそう確認し声を掛けるも男性は反応しない。若い男性が「すいません、父と知り合いの方ですか?」と尋ねると「登山中、ちょくちょく出くわすので少し山の話をする仲ぐらいですが・・・」というと若い男性が俯き「そうですか・・・母が亡くなってから、父はもうボケてしまいまして。貴方との出会いは思い出せないかも」私に告げると私は「そう、だったんですね・・・今日は角田山に?」私は少し話題を変えた。若い男性が「はい、どうしても父が行きたいって言うんで」私は少しですが彼等親子の登頂を手伝いました。
前は元気にスタスタ登頂していた老夫婦の男性。しかし、今は歩幅も狭くおぼつかない足取り。息子さんは「本当はこんな状況だから連れてきたくないんですが、本人がどうしても登りたいって」息子さんは私に語り始めた「今まで、迷惑ばかり掛けて。気が付いたらこんなになっていて・・・だからせめて最後のお願い位は聞いてあげたいんですよ」私は何も言えずに彼を手伝った。一生懸命に父の手を掴み登山をしていく。いつもならば2時間前には登頂をし下山していましたが、ようやく3人で登頂をした。
夕日が私達を照らし、絶景が広がる。男性は夕日を目の前にして手を合わせて擦れた力の弱い声で「ありがとう・・・ありがとう・・・ありがとう・・・」とずっと呟く。私はその後ろ姿を見つめ何故か目から沢山の涙が溢れ出た。息子さんも涙を拭いながらずっと夕日を見つめる。私は親子に一礼しそっと離れ下山した。
その翌週、子供達を預けて妻と一緒に角田山に登る。妻は始めは渋っていたが、途中で二人で冒険してるような感覚になって自然を満喫していくと楽しくなってきたのか足取りが軽くなっていた。登頂すると絶景を見て妻が「わぁ~、凄い!気持ちいい!」と両手を上げて広げてました。
私は青空を見上げて「夫婦で登頂をすると、こんなにも楽しかったんですね」と呟く。
今は私一人だけでなく家族で登ったり、角田山の自然やハイキングをして満喫しております。そして忘れません、あの老夫婦が仲良く登山している姿を。
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